平成、最後の日。
こんにちは。昭和50年代生まれの、あかねこ(@akaneko222222)です
今日は平成最後の日ですね。
平成から昭和に変わった時、私は小学生だったので正直当時の事はあまり覚えていません。
私が小学生の頃、ちょうどバブル絶頂期だったので
大人になったら仕事は選び放題で、お金がたくさんあって優雅な生活が出来て、アッシー君とメッシー君がいるものだと思ってました。
実際は就職氷河期で、アルバイトですらまともに働けず、彼氏の1人もいませんでしたが。
平成はどんな時代でしたか?
皆さん、平成はこんな時代だったなぁ~と振り返っている事だと思います。
私も過去を改めて振り返ってみました。
小学生時代
平成元年の時に小学生だったのですが、あまり記憶にない。
周囲が青い琵琶湖を描いている中、真っ赤な琵琶湖を描いてブーイングくらったり
スクールカースト最下位だったことしか覚えていない。
中学生時代
中学生の頃は、イジメられた記憶しかない。
今となってはアスペルガーだからイジメられたという理由がわかるんですが
当時は発達障害なんて言葉なかったので、ただの変な人とか空気読めない人という理由でイジメられた。
「出る杭は打たれる」と言うけど、私の場合上に出るんじゃなくて斜めとか変な方向に飛び出ていたと思う。
1回目の高校生時代
高校生になったらいじめはエスカレート。
結局、中退して引きこもりニートの完成。
拒食症でほとんど物が食べられずにガリガリに痩せる。
その後、過食症になりめちゃくちゃ食べるようになる。
いまだにむちゃ食いは完治していません。
この頃から抜毛症と鬱病が酷くなって精神科に通い始めた。
髪の毛ブチブチ抜くから女子高生にして薄毛。
ルーズソックス全盛期だったので
ルーズソックスはいたハゲた、うつ病の女子高生。
2回目の高校生時代
通信高校に入学し直す。
超絶美人の生徒とたまたま出会って、人生が変わる。
今もインスタグラムとかで投稿を見てますが、いまだに変わらず美人で私の憧れです。
短大時代
少し落ち着きを取り戻したものの、家の中では大暴れしていた。
家具破壊。壁破壊。とにかく家の中を壊す、暴れる。手のつけようがない。
母親、泣いていた。父親、知らん顔していた。姉、見て見ぬふり。
1回目の結婚時代
短大卒業後にすぐに結婚。
でも全然結婚生活は楽しくなかった。鬱病で何年も引きこもり。
県外に嫁いだから周囲に知り合いは誰もいないので、余計孤立していた。
抗うつ剤の副作用で常に肌がボロボロ。精神科と皮膚科とスーパーでしか外出しなかった。
名ばかり専業主婦でしたが全く家事をしていなかった。かといって遊んでいるわけでもなかった。完全にうつ状態で何も出来なかった。
アスペルガーが原因なのか喧嘩ばっかりして、結局離婚。
実はすんなり離婚したわけではなく、離婚調停までした事あります。
婚活時代
実家に戻ってすぐに婚活スタート。
バツイチのあげく肌ボロボロ、ハゲ、ブス、メンヘラと良いところが全くないのでそりゃもう人一倍頑張りました。
とにかく食事会とかイベントとか、異性に出会う場所に行きまくった。
結婚詐欺にあう。よりによって精神科の医者(研修医でしたが)
それでも結婚したかったので懲りずに相手を探し続けた←
バイト時代
何の仕事をしても長続きしない
一番の原因は対人コミュニケーションが恐ろしく下手
あとは自分の声が小さい
しまいにゃブスだという理由で面接に落とされる(酷)
アスペルガーだと診断される
平成20年くらいの事だったと思います。
当時は今みたいに「発達障害」と検索してもほとんど情報は出てこなかったし
本も1冊くらいしかなかった。
でも長年、何で自分はこんなにおかしいんだろうと思っていた原因がハッキリしたことが理由で10年以上通っていた精神科を卒業した。
2回目の結婚
婚活サイトで今の旦那に出会って再婚。
結婚出来たのは、自分の理想が低いからだと思ってます。
例えばハゲている男性は嫌だ、という女性は多いですが私だって抜毛症なので別に薄毛は気にしません。
普通体型か細マッチョの人が良い。デブやガリガリは嫌だ、という女性は多いですが私は細い人が好きなので現旦那のガリガリ具合が大好きです。
ちなみに元旦那もチビでガリガリ、見た目も別にカッコいいわけじゃない、作業着で汚れ作業という、一般的に婚活女性からは敬遠されるタイプでした
そーやって敬遠してるから結婚出来ないんやで!!(゚Д゚#)
母の介護
再婚してようやく幸せな日常が、と思っていたら母が病気で倒れる。
今考えたらストレスも大きかったと思います。
娘(私の事)が小さい頃から育てにくい子供だったのに、大人になったら離婚だ再婚だアスペルガーだともう散々振り回してきたので。
あんまりブログで詳しく書いたことはありませんが、とにかく大変でした。
母があまり病気の事は他人には言わないでほしい、と言っていたので周囲には黙ってました。
病気になってから数年後に母は介護の末、亡くなりました。
会社倒産
長年働いていた会社が不景気により倒産しました。
会社がつぶれるってこと、本当にあるんやねぇ。
もともと貧乏生活がさらに貧乏になる。
現在
今は旦那と、猫2匹との生活。
子供の頃に夢見ていた?優雅なセレブ生活とは程遠い
田舎のペット可能なアパートで、細々とパートで働いています。
まぁ、猫を飼うのが夢だったからいいけど…
経済的余裕は全くありません。。。
平成は波乱万丈でした
なので一言で言うと自分の平成は「波乱万丈」だったなと思います。
自分の中で「妊娠、出産、育児」という子供関係の事以外の道はだいたい通ってきたなと思ってます。
子供がいないのは、選択子なしです。
授かれたらいいな、と思ったこともありますが。
こんな人生でも「羨ましい人生」だと言われるんですが、どこが?と思う。
決して裕福ではなかったので田舎の貧乏暮らしでした。これもコンプレックスの1つになってます。
母親はかろうじて子供の面倒見てくれましたが父親からは完全に放置されてましたので家族仲は決して良くないです。
見た目も良くないです。女性にとってルックスが悪いのは致命的です。
誰だアスペルガーは可愛いとか美人が多いって言った奴は。
書いていないだけでこの他に過去にもいっぱい色々な経験してます。
書けない事だっていっぱいあります(意味深)
ただもう、終わったものはしょうがないから令和の時代に生きるしかないですよね。
「アスペルガー」という大きな分岐点
この2つが自分の中では大きいと思っています。
別に自分がアスペルガーだからと言って、他人に言う必要はないです。
実際に私は周囲には一切言ってません。母親と旦那にしか言ってません。
なので父親と姉は私が発達障害かどうか知ってるかどうか知らない。
友達にも言ってない。そもそも友達ほとんどいない。
今さら「アスペルガーなんだ」と言ったところで
「あ、そうなんや・・・」って相手も反応に困るような気がするし、言うつもりもない。
自分の事を知ってほしいとか、有名になりたいとか、そういうのではなくて
(有名になりたいとかだったら自分の顔を出すと思います。ただこれは絶対出したくない)
今でこそ数が増えた(というか発信する人が増えた)
「女性成人発達障害者」がまだ当時少なかったから
数が少ない女性の成人発達障害者の事を知ってもらえたらいいなと思って書き始めたんです。
あとは自分がまだ若い頃、悩んでいた頃に、同じような境遇の人の話が聞けたら嬉しいなと思ったというのもあります。
(たぶん発達障害児をお持ちの親も同じような思いがあると思います)
もし自分がまだ10代で、アスペルガーだと診断されていたら
絶対、大人の発達障害者のブログを読みたいと思います。
精神科の医者とかプロが書いた紙の本は苦手なので、素人が適当に?書いたブログのほうが好きです。
今でもそうなので素人さんの発達ブログやTwitterを見ることが多いです。
10代の頃って大人になる不安ってめちゃくちゃ大きいじゃないですか。
発達障害ならなおさら不安が大きいと思う。
発達障害って大人になったら治るの?マシになるの?ちゃんと就職出来るの?結婚して子供も作れるの?って疑問だらけだと思う。
それは同じアスペルガーの人から話を聞きたい。
普通の人に聞いたって、そりゃ普通だったら出来るよな!とか思ってしまうので(゚∀゚)
だから平成生まれの若い人に昭和生まれのアスペルガーの話が少しでも役に立てば良いなと思って書いています。
令和時代の目標は、また令和時代になったら更新します(`・ω・´)